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本末転倒

東京タワー(フットタウン)の屋上に行ったのだけれども

ただ時間を楽しむのもいいけど写真を撮らなきゃと思ったり

写真を撮るのに意識がいってその時間を楽しめなくなってる気がしたり

でも自分の記憶力を全く信用していないから残したいと思うし

でもそのときはそのときに楽しまなきゃと思うし

なんだかなにが大事なのかよくわからなくなってきた。

どうせ死んじゃったら終わりなんだし、今楽しむしかないような気も。

でもなかなか死なないもんだし、生きているうちの楽しみを残すべきな気も。

むずかしいねー。

東京タワーに行きたい

東京タワーに行きたい

東京タワーの屋上に行きたい

もう展望台なんてどうでもいいや

あんなにきれいになっちゃって

あんなにクソ(失礼)みたいになっちゃって

中も外も見るものなんてもうないよ

東京タワー以外

だから東京タワーの屋上に行きたい

屋上にはまだ東京が残ってるし

見上げればタワーがへんな角度だけど見られる

東京タワーの姿をちゃんとみたいなら

別の場所から

たとえば文京区役所(文京シビックセンター)とか

そう文京区役所に行けばいい

と思ったら東京タワーはレストランに入らないと見られないんだって

なんだあ

(とかいいつつ東京タワーに向かい展望台までのチケットを買うんだろう私は)

旅行前の儀式

旅行の前日は半べそでほとんど徹夜。

旅行前の儀式。

優柔不断なので、決められない。

面倒くさがりなので、ぎりぎりまでやらない。

いつもなんとかなっているので、甘くみている。

明日・・・というか今日、

4時間後にはスーツケースに荷物をつめて

駅にいなければならない。

(今:やっとスーツケースを開いた。)

この儀式―今、日記を書いていることを含めて―いらない気がする。

卒業

卒業式シーズン。

袴姿の学生を見かけるシーズン。

ちょうど桜も満開で、よき旅立ちの日になったかなと思う。

自分は中学は早く卒業したくてにこにこ卒業

(別につらい思い出はないけれどヤンキーが多くあんまり馴染めなかった)、

高校の合格発表・入学手続きは親を一応連れて行ったものの全て自分でやって事務員さんにほめられた。

高校の入学式にも母親は来たような気がする。

高校の卒業式には来ていない。

大学の合格発表は親孝行のつもりで私が連れて行った。

大学の入学式にも来ていない。

もちろん卒業式にも。

前は大学の卒業式に親が、へえ・・・なんて思っていたけど、時代も変わったし、

大学の卒業式の看板のそばに娘を立たせて両親が写真を撮ったり、

父母席が満員で入りきらなかったり、

後ろでずっと立ってビデオ撮影しているお父さんがいたり、

そういうのは子どもにとっては自信となるような気がする。

他人から見たらたいしたことのないイベントでも、

私たちには(あなたには)特別な/かけがえのないものだよ、という。

ご卒業おめでとうございます。

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